届かない挨拶

最近、街は「いらっしゃいませ!」という元気な挨拶で溢れている。コンビニ、レンタルビデオ、ファミレス、ファーストフード等のチェーン系のお店や銀行の窓口では、異常に快濶な調子で「いらっしゃいませ!」と迎えられ、「ありがとうございました!」と送られるのが当たり前になっている。

恐らく各企業なりの顧客満足やサービス向上のための取組なのだろうと思う。店員達が必死に「いらっしゃいませ!」と叫んでいる姿には、「お客様の満足は挨拶から始まる」などと言っている経営側の指導が透けて見えてしまうからだ。でも、あのやたら元気に繰り返される挨拶を聞くたびに、何とも言いようのない寂しい気分に襲われてしまう。良く使うお店では、あまりに早口で挨拶を繰り返すため、「らっしゃいせっ!」と八百屋の挨拶のように聞こえるからなおさらである。

正直、「わかってないなあ」と思う。だって、彼等の挨拶って、心がこもってないのだもの。何も個々の店員が悪いと言っているのではない。現実問題として、心のこもった挨拶をするのは難しい状況にあることを、挨拶をさせている側がわかっていないと言いたいのだ。ひっきりなしに出入りしているお客の一人一人に大きな声で心のこもった挨拶なんかをするのは、いかに挨拶の達人でも不可能と言うものだ。だから、どうしたって形式的なものになってしまう。結果、誰に向かって届けられているのかわからない、独り言のような挨拶が鳴り響くことになる。ほとんど、条件反射に近い、とってつけたような「いらっしゃいませ!」を投げつけられるよりも、にっこりとした笑顔で迎えられた方がずっと心地が良い。少しは大声の独り言を聞かせ続けられる身になって欲しいと思う。

こんなことがいちいち気になる自分は偏屈なのかな、なんて考えていたら、先日、劇作家の鴻上尚史氏が同じようなことを指摘していたので、我が意を得たりと思ったのだった。鴻上氏は、「どうころんでも、陽気で大声の『いらっしゃいませこんにちわあ!』はこの国の文化にはないのです。ないのに、無理するから、大声で不気味な独り言が増え続けているのです」と述べている(注1)。全くもって同感である。

サービスのつもりなのだろうが、何かが履き違えられている。努力は評価するが、結果として、サービスに対する理解度の低さを露呈してしまっている感が否めない。

出典:日本総研
https://www.jri.co.jp/page.jsp?id=5910

 

コンビニなどの「いらっしゃいませ。こんにちわぁ~」をどう思いますか?

 

コンビニやファーストフード店のような形式の場合であれば、レジや店の奥から来店客や帰り客に対して形式なものを投げかけるだけでも十分
 正直に言えば「ないものねだり」に近い意見だと思います。そもそも挨拶というものは1対1で面と向かって言うものであり、不特定多数に投げかける店員のごとき挨拶は厳密には挨拶とは言い難いものだと思います。しかしながら、それを責めることも問題な気がします。
例えば老舗料亭のように面と向かう機会があるような場合であれば、心も込めやすいものでしょう。しかし、コンビニやファーストフード店のような形式の場合であれば、レジや店の奥から来店客や帰り客に対して形式なものを投げかけるだけでも十分な気がします。そもそも人件費に対するコストパフォーマンスを考えると、単価の高い店とそうでない店で店員の挨拶の質を同じにしろというものには無理があります。
無論、コンビニやファーストフード店で心のこもった挨拶を貰えれば気持ちの良いものです。しかし、それが貰えないからと言って文句を言ったり、中にはクレームに発展する悪質な顧客がいることは、お門違いな気がして仕方がありません。

 

私も、声だけが無駄に大きい挨拶には辟易します。
 同感です。私も、声だけが無駄に大きい挨拶には辟易します。サービスを提供する企業側のただの思い込みだと思います。私は、音嫌症ですので、あの大きい声に何度となく悩まされてきました。でも、そういうことを思う自分が間違っいるのかなと長い間考えてきましたが、この意見を見てずっと抱えていたモヤモヤがなくなりました。本当にありがとうございます。企業側は、声を出すこがいいサービスの提供と勘違いをしていると思います。確かに、ガソリンスタンドや居酒屋などでは、声がとおったほうが活気があって好ましいと思えるシチュエーションもあるのは事実ですが、その他の場面では大きい声が好ましいと思えることは、あまりないように思います。いずれにせよ、企業側の思い込みのサービスは、もうやめてほしいと思います。サービスを提供する企業側も、今一度ニーズの見直しを行うべきだと思います。今回のように、おかしいのではという声があがること自体、一歩前進できていると思います。

 

単調な挨拶は規則的だが、しかし、その単調な挨拶さえもなくなってしまったら、ますます人の心は離れてしまう
 確かに、不自然な大声での挨拶というのは不愉快に感じる時もある。ある店に入った時には、「いらっしゃいませ」ではなく、「こんにちは」と言われて、正直言えばどう対応して良いかどうか分からなくなった。しかし、もしも店員さんが無言だったらどう感じるのだろう?
「いらっしゃいませ」も「ありがとうございます」もなく、ただ単純にレジを打ったり、注文を聞いたりするだけだったら、まるで機械社会のように感じるではないか。
それに、客である私達はどうなのだろうか?客という立場は決して偉い訳ではない。
例えば、飲食店に入って会計を済ませた後に、「美味しかったです」や「ご苦労様です」と言った事があるだろうか?もしも心がこもった接客を求めるのであれば、やはり同じように心がこもった態度で接する必要があるのではないだろうか?単調な挨拶は規則的だが、しかし、その単調な挨拶さえもなくなってしまったら、ますます人の心は離れてしまうのではないだろうか?

 

給料もらってるんだから挨拶ぐらいしたらどうなんだろう。
 この意見は、店員が客に挨拶することが当たり前になっている為にわいてきた気持ちであると思う。挨拶すらまともに出来ない店に、この人は行ったことがあるのだろうか?客が店に入ったにも関わらずダラダラと店員同士のお喋りをしている、迷惑そうな顔で客を一瞥する、そんな店もあるのである。それは、大声で挨拶されるより、ずっと不愉快であることは明確である。挨拶さえされないとき、私は思う。「給料もらってるんだから挨拶ぐらいしたらどうなんだろう。」と。お金をもらって、接客するとはそういうことではないだろうか。
また、大声で挨拶するのは日本文化に合っていないとの言葉があるが、これも違うと私は感じる。何故なら、私は剣道部に入っていたが剣道は礼に始まり礼に終わると言われていた。もちろん、この礼、とは笑顔でペコリと頭を下げることではない。「ありがとうございました!」と大声で叫び、深くお辞儀をするのである。これが日本文化ではないとしたらなんなのだろうか。日本の礼儀の中に挨拶がなくなることは断じて容認できない。
店員からの大声の挨拶が嫌だというなら、心のこもった挨拶をして欲しいのであれば、マニュアル通りの挨拶にこちらから「こんにちは、今日も元気がいいね。」と心のこもった言葉をかければ、きっと店員も心のこもった笑顔を返してくれるのではないだろうか。
大声の挨拶が寂しいのではない、大声の挨拶を客の立場でなんとなく無視してしまうから、寂しい気持ちになるのである。

 

挨拶とはその人と面と向かってするものであって、どこかにいる人に向かってするものではない。
 入社してそうそう「いらっしゃいませ」と「ありがとうございました」を大きな声で何度も言わせる店は、客がどう思っているのかを考えられないのだなと思う。正直なところ客はなんとも思っていない。挨拶をするのは当たり前であり、しないのは非常識という考えがあるからだ。だからこそ、全体に聞こえるような大きな声で言わなくても、この記事のように、小さな声でもいいので笑顔を向けながらのほうがいい。大きな声を出している人にかぎって目が笑っていなかったりするし、そういう店が多い。なので、挨拶を丁寧にする人や店というのはそれだけで客を満足させられるし、お店の雰囲気もよくなる。人が出入りした音だけで挨拶したり、一人がしたら皆がするというのはおかしい。
挨拶とはその人と面と向かってするものであって、どこかにいる人に向かってするものではない。客をもてなす心が大事というのであれば、なぜそこに気がつかないのか。品物のたたき売りをしているわけではなく、接客をしているという自覚をもっと持つべきだ。

 

TPOに合っている挨拶ならば、静かにでも、元気良くでも、アリ

 私は、接客業経験者です。だからこそ、この記事を読んで気になった事がたくさんありました。

まず、挨拶は人として基本中の基本です。幼稚園、小学校から言われている事です。「おはよう、こんにちは、さようなら、ありがとう、ごめんなさい」。私の職場では「語先後礼」を徹底しています。お辞儀をしながら「いらっしゃいませ」ではなく、「いらっしゃいませ」と言葉を発してからお辞儀です。床にお辞儀をするのではありません、お客様にお辞儀をするのです。口調ですが、時と場合によると思います。居酒屋など、賑やかな場所では「らっしゃい!」と元気よくでも、気分を悪くするお客様は、あんまりいないと思います。ですが、銀行でそのような挨拶をしてしまうのは不適切だと感じます。どの様な挨拶ならば適切、どの様な挨拶ならば不適切という線引きは、とても難しいと思います。最も大切な事は、お客様を気持ち良く迎える事です。挨拶で失敗をしてしまえば、そのお店に対する印象は悪くなってしまいます。なので、TPOに合っている挨拶ならば、静かにでも、元気良くでも、アリだと私は考えます。

 

挨拶するならちゃんとお客様の心に届く挨拶じゃないと意味がありませんよね。
 この話に同感です!私も、取って付けたような挨拶に対して違和感がずっとあります。スーパーや飲食店などだいたいチェーン店でよく耳にします。「いらっしゃいませー、ありがとうございましたー」をお客様の顔も見ないでドアが開くたびに大きい声で言う。これは、お客様に対して言っているというよりは、お店側のスタッフに「お客がきたよー」とお知らせしているように聞こえます。
なので、別に無くてもいいんじゃないかと思います。それでもこういう挨拶のお店がたくさんあるということは店側の考えが古いというか…挨拶というより、あれはルールですね。
挨拶するならちゃんとお客様の心に届く挨拶じゃないと意味がありませんよね。無意味の声だし。きっと言っているスタッフ達もお客様に届けようなんぞ思って無いでしょうし。海外のお店だと店員さんはニコニコ笑顔で出迎えてくれるところが多いです。意味のない挨拶をしているお店には見習って欲しいと思います。まあ、作り笑いがわかるような挨拶も気持ち悪いですけど。

 

お客の来店に気づいた時は、控えめのトーンで礼儀だたしい挨拶が望ましい
 筆者の言うように、確かに街には独り言のような不気味な挨拶が溢れていると思う。お店に入った時に、大声でいらっしゃまいませと言われて、びっくりして思わずそちらを見てしまい、こちらも何か返すべきだろうかと一瞬逡巡するも、周りの人達が無反応なのに、私一人だけ挨拶を返すのはおかしな反応のように思えて、居心地の悪い思いを感じたことがある。大声の挨拶は、入店を告げるベルのようなものだと割り切った方が良いのかなとも思いました。
また、ファッションのお店や本屋など、商品を見てから購入したいお店では、投げかけられた大声の挨拶に気持ちがひいてしまうことが多いが、一方で、確実に購入したいと訪れたお店で、発声のない目礼などの挨拶しかなかった場合、あまり歓迎されていないように感じてしまい、購入意欲が減ってしまったことがある。大声の挨拶は気持ちが悪いと思うが、お客の来店に気づいた時は、控えめのトーンで礼儀だたしい挨拶の発声があった方が、「あなたの存在に気づいてますよ、歓迎してますよ」という意思表示になると思うし、「お返事は不要ですよ、気づいたことだけお知らせしておきますね」というメッセージにとれて良いと思う。
大声でも、控えめのトーンでも、一人ごとのような挨拶という意味では同じかもしれませんが、私は意味合いが異なるように感じています。

 

人の心に届くサービスというのは、マニュアルだからとか形だけの言葉やしぐさだけでは決して相手に届かない

 基本的に「届かない挨拶」については賛成で同意見です。

ただ少し、個人的に思ったことは、ここで記されている「陽気な大声」や「異常に快濶な調子」
の挨拶というのを私自身、日々の生活の中で頻繁に聞くことがありません。
というのは、挨拶をされる場所(お店など)に行く機会が異常に少ないとは思っていませんが、「聞くことがない」のではなく、「気になっていない」のだと思います。

思い起こすと「陽気な大声」や「異常に快濶な調子」の挨拶はよくあることですが、こちらが満足のできる「届く挨拶」を求めていないのだと思います。
「届かない挨拶」をされることが当たり前になってしまっているのだと思います。

文章を読んで、一番コレだと思ったのはマクドナルドでの「いらっしゃいませこんにちは」です。仕事の特性上どうしても流れ作業になり、ひとつひとつのサービスが行き届かない(ある意味それを認めてしまっている企業)ファーストフードでの接客で、せめてもの挨拶の言葉としてのマニュアルだと・・は思うのですが、サービスを受ける側としては、「だったらそんなマニュアルなんていらない。」と思ってしまいます。

一方で、マクドナルドや吉野家などのファーストフードチェーン店は忙しく流れ作業になっているお店という観念があるので、こちらが満足のいくサービスを「求めない」という気持ちもとても強いです。それはコンビニでも同様に思います。

人の心に届くサービスというのは、マニュアルだからとか形だけの言葉やしぐさだけでは決して相手に届くことはありません。
例えば店舗であれば、その店舗の運営に携わり、売上を上げなければならない、そのためにどうするべきかを考える、でもそれ以前にまず、店舗に来てくれて売上に貢献してくれたたお客様に対しての感謝の気持ちが生まれるのは自然であり、その部分を感じる人間でないと心に届くサービスはまずできないと思います。
つまり、運営に携わるという意識が生まれないとサービスに繋がらない、それには教育がすべてだと思います。
とてもとても難しいことだと思います。

素人の私が考えるのは、「アルバイトだからちゃんと教育されないんじゃないか」或いは、「この会社の従業員への教育はなっていないんじゃないか」と、短絡的に考えて終わってしまうので、どうしても「求めない」気持ちが強くなっていくのだと思います。

当然、人によって考え方はさまざまだとは思いますが、私個人の意見を述べさせていただきました。

 

同感です。気持ちのこもっていない挨拶はお客さん側から見たら、怒られてるような気持ちにもなり、不愉快に感じます。
 こんにちは。私も同感です。よく感じるのが、朝イチの百貨店やスーパーなどのサービス業。あんまりにもおはようございます、いらっしゃいませでのお出迎え。列をつくって社員全員でのお客様へのごあいさつ。気持ちのこもってないあいさつは逆に不愉快になってしまうこともあります。従業員の方のただの作業にしか思えない、そうしか聞こえてこないのが事実です。きっと企業はしっかりしたあいさつを教育してるつもりが、こちらのお客さん側から見たら、怒られてるような気持ちにもなり、不愉快に感じられてもおかしくありません。
今、どこの企業も人手不足、人手不足というくらい、人が入って来ないとよく耳にしますが、そんな気持ちのこもってないあいさつはしなくてもいいから、その分、よくある自動音声でのプロの話したあいさつでお出迎えをし、コスト削減、プラス、安くする、優しいご対応、親切な接客、それが企業にもお客様にもプラスになることではないでしょうか。と、思います。

 

 

日本で最初に「いらっしゃいませ。こんにちわぁ~」の挨拶を定着させたのはサンクスだと言われています。そのサンクス(サークルKサンクス)が今ではファミリーマートに吸収され、なんと、ファミリーマートの澤田貴司社長はこの「いらっしゃいませ。こんにちわぁ~」式の挨拶を止めるように発表しました。業務の簡略化の一環だそうです。

ファミリーマートの社長もこの挨拶には違和感を感じていたのでしょう・・・。

 

文:nakatukasa

No tags for this post.